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バドミントンの競技ルール

どのスポーツにも公平なルールが存在するように、バドミントンも競技として確立した頃、徐々にルールが出来上がっていったようです。プレーが始まる前、サービスをするかレシーブをするか、もしくは、コートのどちらのエンドを選ぶかを国際大会ではコイントスによって決定します。バドミントンの日本国内大会ではじゃんけんで決定されているのがほとんどです。すべてのラリーはサービスから始め、サービスは、トスの直後を除いて1つ前のラリーに勝ったサイドが行う形式です。よって、第2ゲームと第3ゲームの初めは、直前のゲームの勝者サイドが行います。決められた相手コート内にシャトル(羽根)を落とすか、相手がフォルト(反則)を取られた場合に1点を獲得。試合は、シングルス、ダブルスともに、2ゲーム先取の3ゲームマッチです。ただし、シングルスとダブルスではコートの広さが異なります。

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日本人とバドミントン:オグシオとスエマエ

日本には正月に行われる代表行事として、バドミントンに酷似した「羽根つき」という習慣があります。その歴史は古く室町時代に中国から伝わった遊びが起源とされています。バドミントンではラケットに相当する羽子板もその頃から伝わっており、バドミントンが競技として伝わってきた時、羽根を落としてはいけないなどのルールーも酷似していたことから、なんの抵抗もなく受け入れ、逆に日本文化の真似をしたと受け取った人もいたそうです。現代の日本人がバドミントンを手軽なスポーツだと思うのは、正月行事の羽根つきが背景にあるのでしょう。実際の競技ではルールも厳しく激しいスポーツですが、日本人にとってバドミントンは馴染みの深いスポーツなのかもしれません。北京オリンピックでも日本人バドミントン選手が注目を集めましたね。オグシオこと小椋久美子選手と潮田玲子選手、スエマエこと末綱聡子選手と前田美順選手、スエマエ組においては女子ダブルスでアテネ五輪で優勝した中国ペアを破る活躍をみせたことが評価され世界ランクが6位にアップしました。

バドミントンの歴史

日本ではバトミントン(Batominton)として屋外の広場などで気軽に遊べるスポーツとして有名ですが、実の呼び名はバドミントン(Badminton)といい、古い歴史を持った競技です。定説とされているのは、インドで行われていた「プーナゲーム」が19世紀後半にイギリスに伝えられ、近代スポーツ競技としてのバドミントンが成立したといわれています。バドミントンと名前がつけられたのは発症の地インドではなく、イギリスが領地にしていた地名に由来しているようです。バドミントンに類似したゲームは、ヨーロッパには相当古い時代から存在しました。その一例がバトルドア・アンド・シャトルコック。少なくとも17世紀までさかのぼれる歴史を持つそうです。そして日本でバドミントンに酷似したゲームといえば羽根つき。元々日本人にはバドミントンを受け入れる要素が備わっていたのかもしれませんね。オリンピックでは1992年(平成4年)のバルセロナ大会から正式競技として認められました。

バドミントンのルール